あの日に帰りたい?

昨日のdrydeniana さんのコメントでまさにタイトルのような気分にもなってくるが、いま校正している原稿ってじつは数年前に書いたもので、諸般の都合から(といって小生のせいではなく、小生は一番はやく原稿を出した)出版が大幅に遅れたもので、その自分がだいぶ前に書いた文章を読みながら少々辟易してくるのは、文体なんていうのもおこがましいが、なんというか文章の身振りが大きすぎて、おもわず赤面するような箇所が多々あって、いちいち直してもいられないのでそのままにしてあるが、これは今後のことを考えるといささか困ってしまうことになるわけで、文章ということからするとあの日には帰りたくはないというのが偽らざる心境だということになってしまい、つまりこれまでの仕事をまとめるようなときにどの程度筆を入れるのかしらというような話が頭を一瞬よぎり、どうも母(国)語の文章というのは生々しくて堪らないところがあるけれどもさああ、まあ当面のもっとも苦労する仕事がマーストリヒトでのペイパーの論文化であるから、この生々しさからはしばらく離れていられる(しかし日本人が英語で論文を書くことが無意味っていう議論が最近業界で深夜あったみたいだけれども・・・それってねえ、やはり業界の恐竜化とでもいうべき現象ともリンクしているのだろうなあ・・・つまり絶滅危惧種というか)・・・おっととと、また例の筆禍ということで、これに関してはあの日に帰っているのか?