Golden May

ロンドンはさわやかな晴天がつづく。今日も朝から雲一つない高原の空気。

昨日は結局午前中はフラットの掃除、午後は例の玄関のドアの修理に時間を取られる。ともかくフラットの中からドアを完全に閉めて鍵をかけることができないのは防犯上impossibleなので、BLについたらすぐにGeorginaとBobに窮状を訴えるメールを出す。Georginaはfull-timeでお医者さんなので忙しく、retireしているBobが速攻で返事をくれてlocksmithが午後の2:00~3:00の間にフラットに来てくれるようにarrangeしてくれる。いかにも律儀なEnglish working classという感じのDeanが丁寧にドアを修繕、どうも前の工事がshoddyであったらしい。工事には1時間半くらいかかり終了は4:00を過ぎたので仕事に復帰できないと判断。そういえば昨日は前日の宴のために胃がもたれていたので朝食を抜き、昼もこんな感じで食べることが出来なかったので、ドアがすぐになおった安堵も手伝い急に空腹感が襲ってくる。そこでこちらに来てから肉を食べていないことに気がついたので、Waitroseで赤身の脂身のないbeefを300グラム程度を買ってきて、オリーブオイルでガーリックの香りを出した後に鉄板焼き風に塩と胡椒だけで焼いてみる。なかなかに美味。付け合わせは、じゃがいも、にんじん、いんげんなどをただ茹でて、塩をふったもの。それにボルドーの10ポンド程度。good enough.

前日のbeefが少々重かったようで今日の朝食はバナナとヨーグルトとミルクティーのみで9:30からBL。AlixとJamesの1924-5年の往復書簡を丁寧に再読する。いろいろと読み落としが見つかる。この作業の前に、例のPsychoanalytic Electoronic Publishingへのアクセスは、小生がすでに獲得しているuserid & passwordで可能なはずとのITのDickとSophieの説明もあったので、試してみたらなんなく小生のMacBook Airから、たとえばBeyond the Pleasure PrincipleのStandard Editionの全テクストを読むことが出来るし、コピペもダウンロードも可能だとわかる。これでリサーチが格段に楽になる。しかしアクセスできなかったのはなぜなのだろう。

そんなこんなでリサーチも天気も人間関係もとても良好なロンドンであるが、吉祥寺方面の数名の同僚からつづけてメールが来る。「改革」の嵐だそうである。みんな忙殺されている。ある同僚はこの小生の日記をご覧になって「日々殺意を募らせている」そうで(笑)、あるいはほかのかたは「ロンドンでご活躍の由、なによりでございます。いまのうちに勉強をしておいてくださいね。お帰りになるとそれはご無理ですから」(冷汗)みたいな不吉なことをおっしゃる。日本の大学の「改革」ほどtime-consumingでエネルギーを無駄に消耗させられることはないので、安住の土地と思っていた吉祥寺からの脱出をなかば本気で考えだす(だってかなりヤバそうなんだもの)。吉祥寺ってなんかエネルギーの使い方がまちがっていて、非常に些末な事務的なことをとても熱心にやって時間をかける傾向があって(学生の学籍の移動についてすべて詳細に説明したりするものだから教授会はざらに5時間をこえる(笑))。いわゆる「雑用」を忌み嫌うものではないが、自分に残された研究人生から、いくらなんでも限度がと思うことがなくはない。

しかし日本の大学にも知的刺激はあって、小生の不在中に刺激的なシムポがいくつかあって話を聞くことが出来ないのでちょっと嫉妬する。たとえば国立方面のN井さんのブログでも紹介されていたこんなイヴェンとが:

http://gensha.hit-u.ac.jp/research/TransA/index.html

ポストコロニアルフロイト」聞けないのが残念である。そういえば今日は英文学会で畏友S木英明司会のシムポがあったはず。これも聞けずに残念。いまごろ2次会でみんな飲んでいるのだろうなあ。